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近頃、強く思うのです。
行ってみたいと思う場所は行くべき場所であり、
会ってみたいと思う人は会うべき人なのではないか、と。
行ったところで、会ったところで、それが何の意味もなさないとしても。
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昔校長先生が「勉強しないと視野が狭くなる。勉強しないと僅かな知識だけでこの世を理解しようとするせいで、ありえない仕組みを仮定して「分からない」を埋め立て始める。分からない物の多さが分からないからなんでも知ってる気分になってしまう」と話してたの、今になってすごく意味がわかる。
Twitter / N_write (via valvallow)
結局、どういうことか?
 ベネッセの事件では、出入りの請負社員が情報を漏らしたことで、「不正な漏洩」ということばかりが注目される。しかし、同様のことは、Yahoo と Tカードでもなされる。こちらは不正ではないがゆえに、いくらでも個人情報の漏洩がやり放題だ。
 ということは、現状の法律が、ザル法だ、ということになる。
 たとえば、ベネッセの事件のあとで、名簿業者を通じて情報がどんどん拡散していったが、ここでは「悪意」や「不正」の意図がないので(正しくは「ないフリをするので」=「ばっくれるので」)、これらの名簿業者は罰されないし、情報を回収することもできない。
 現在の法律は、今回の犯人のような事例を、犯人のレベルで禁止するだけだ。一方、ベネッセ自体が漏らすとか、名簿業者が漏らすとか、そういう事例についてはまったく考慮されていない。
Google and Me ブログ: ◇ 個人情報漏洩の法的問題 (via katoyuu)

一企業がどうであれ、コンプライアンスを遵守してるとこは、かなりうるさくなってきているが、月単位で人が入れ替わり、生データ扱うことが多いと、どこまでそれをやるの?になってしまう。セキュアは、ネットもメールもなく、完全に閉じた環境で、携帯やスマホも持ち込みを禁止し、指紋認証のあるようなセキュリティルームがよいけど、それを全部の企業に常に強いるのか。ザルはその通りだけど、それを守るために、どんだけの企業がコストを払えるのか。最近は減ったが、中小のポイントカード(クリーニング屋から美容室まで)の管理にもそれを求めるのか。

たとえば、大島てるでは暴力団幹部が拳銃自殺した部屋は載せていますが、同じく嫌悪施設である、暴力団事務所そのものは載せていません。

 なぜかというと、怖いからではなく、事務所が次々に移転していくからなんです。

 移転したら、その情報を把握してマップを書き換えないと嘘になってしまいますが、とてもそこまで追い切れないんですよ。格段に難易度が増してしまう。サイトにも「事故物件じゃなく、性犯罪者がどこに住んでるか知りたい。そっちのほうが役立つ」というコメントがありましたが、それはもう今の我々の力では無理なんです。生きている人間は「動く」わけですから。

ASCII.jp:まるで不動産版ウィキリークス!「大島てる」の正体は?|古田雄介の“顔の見えるインターネット” (via otsune)
FMラジオから流れてきた。「よくエコな人たちが『地球を救おう 』とか『地球を守ろう』なんて言ってますが、地球は大丈夫ですね。人類は救わなきゃならないでしょうが、地球は20億年くらいは何もしなくて大丈夫です。」国立天文台副台長の清々しいコメントでした。
Twitter / okayama_uchu (via shingi)
現在の日本で、誰でも無免許・無許可で野鳥や野生動物を狩ることが許されている――と言ったら、まさかと思うかもしれない。案の定、動画の冒頭では「違法行為です!」という自信満々なコメントが相次いだ。遵法精神が横溢しているのなら結構なことだが、肝心の法律をよく知りもせずに人を非難する態度を見る限り、「他人が勝手なことをしているのが気にくわない」「合法なら我慢するが違法なら叩くぞ」という単純なメンタリティのような気もする。
 動画の進行とともにコメントは変化していく。法律解釈が説明されると違法の指摘は鳴りをひそめ、狩りの場面になると「かわいそう」「残酷」という感情論が現れる。そして捕獲された鴨が解体されて肉になると、「おいしそう」が支配的になるのだった。
スリングショット猟の意義と法律解釈 - 野尻blog (via otsune)
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