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最近、とてもおいしい和食を食べる機会があった。

その和食は、「すごく手間がかかっている」のではなく、ぱっと見には「あまり手間がかかっていない」ように見える。

しかし、ものすごくおいしいのだ。まず、良い素材が選ばれている。そして、それを処理したり、味付けする「加減」がじつに精妙なのだ。その「加減」の選択、「それでいい」という判断は、きわめて高度なセンスのもとにおこなわれている。

料理に限らず、音楽でも、映画でも、デザインでも、なんでもそうだと思うのだが、いいものというのは「やりすぎ」がない。いいものを作れる人というのは、「何をやるべきか」をわかっている以上に、「何をすべきでないか」をわかっている。

何かをしないという判断は、決して無知なのではなく、「それをすべきでない」という知恵・センスに裏打ちされていることが多い。「それをやると、台無しになる」ことがわかっているのだ。

いいものを作れる人、いわゆる「達人」は、すべきことだけをやり、すべきでないことはしない。その高度なセンスや判断力は、「手を加える」部分という以上に、「手を加えない」部分に発揮されている。
「手を加えない」という高度な判断 - モジログ (via mcsgsym)

(出典: footwork)

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